2013年03月31日

本当の仲良しか 2,342d(6y4.9m)

20130331_1.jpg 「幼児」最後の日には、意識的に保育所のウサギ飼育当番を入れていた。私は金曜日に急遽娘を保育所に行かせ迎えで締め括れて満足していたので、敢えて今日は行かなかった。名残惜しげにたくさんの写真も撮っておいたし。
 記録的に暖かかった三月。その最終日は真冬の寒さになった。雨の予報が外れたのは、娘の体調がやっと回復したということだろうか。夕方から都心で、ダンスユニットのコアな仲間での宴会。後から入った二期生のうち、小さい子グループで、かつ女の子である4人とその親。子供たちは現年長の2人と年中の2人と歳も1年以内に集中しているが、それよりもレッスンのビデオ撮りとか待ち時間のお茶とかで9〜11ヶ月間、ずーっと一緒だった親同士の固いつながりで自然に集まれる仲。ダンスショーの打ち上げ以来、4ヶ月ぶりにやっと集まれた。ユニットに残ったのはすでにただ一人となり、娘も含めて他の3名は順次辞めてしまっていたのだ。
 場所は私たちを含めて遠方から参加の2組に合わせてもらい、時間帯も早めの十六時からにしてもらった。親たちは日頃からメール等で連絡を取り合っているのでその延長だが、子供たちは最初のうちは何も話さずおとなしかった。4ヶ月ぶりじゃあ近所の子のようにできないよなーと思ったが・・・杞憂だった。途中から遊びは激しさを増し、座敷より一段低い足元の空間に潜り込んで遊びにしたり、個室から出入りをチョロチョロしたり手がつけられない。個室の障子戸が何度も外れたが、花見シーズンにもかかわらず同じフロアに別の客が来なかったのが幸いした。そしてさらに、特に私以外の親たちが大盛り上がり。まるで女子会で、私が入ってはいけないような話題が半分以上。子供たちがいるので、その相手をすることで逃げられてよかった。いや、就学前のよく分かっていない子供ならいいけど、一人の子の明日から中学生になるお姉ちゃんもいて、話が聞かれて大丈夫か心配したほどだった。男は私一人で、他の8人はすべて女。いつもこうだった。そして、早く帰るために早めに始めたのに・・・途中でお腹が空いて、でついでに酒も頼んでなんてのが良くなかったか、気がついたら6時間もいた。最後の2時間は一瞬で過ぎ去った。たくさん飲んだ。何年、いや、何十年ぶりだろう。でも楽しかった。子供たちももちろん。
 本来なら最初から皆乗る列車は別々なのだが、もう一組の遠い人とは路線は途中まで同じ。もちろん娘は一緒を強く希望して、途中で乗り換えた。今までは飲まなくても着席を重視して始発駅にこだわってきたのに、日曜の夜遅くにわざわざ乗り換えなんて・・・でもいいのだ。娘も明日からは小学生だし。往路もそうだったが、今日は全列車で最後の幼児としての優先席を楽しんだ。次に優先席を利用するのは、私が老人としてなのだろう。
 最後に乗り換えた列車でも優先席に余裕で座れたが、病み上がりで時間帯が遅く、何より騒ぎすぎた娘はあっという間に私の膝を枕に寝入った。私も酔いが限界で危なかったが、そこは娘を安全に連れて帰らねばと気が張ってなんとか保った。降りるときには娘は私に掴まれないほど完全に寝ていて、抱いて歩くのがとても大変。ダメージの大きかったこの一週間の病気で、体重が5%ほど減っていたとしてもだ。これで迎えの車が無かったら帰れなかった。幼児最後の夜は日付が変わる30分ほど前にやっと帰宅でき、パジャマに着替えさせて寝床へ連れて行ったら、私もその横で出掛けたままの服装であっという間に眠りに落ちてしまった。
20130331_2.png
ラベル:鉄道
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2013年03月30日

買えるものは買って・・・ 2,341d(6y4.9m)

 子供を育てるようになって初めて知ったことはたくさんあるが、その一つ、小学校というところは用意すべき物が多く、しかも入手できるところが限られていたり、仕様が細かく決められていて数ある既成品が使えなかったりと、これまでの能動的な買い物ができなくてこんなにも窮屈に感じるのには驚かされる。小学校なんてランドセルを用意しておけば、まぁ体育着ぐらいは高価な指定のものを買わされるとは思っていたけど、あとは自宅にある文房具に不足しているものを足せばいいのだと考えていた。特に驚かされたのは鉛筆の硬さと本数まで指定されていること。4Bと6Bだなんて、私の時代ではせいぜいデッサンに4Bを使ったぐらいなのにそれを常用するらしい。それから袋類の多さ。これは私の時代には無かった。10種類近く細かい仕様が指定され、特に大きいほうから3つ、道具箱袋?、体育着袋、給食着袋は膨大な種類の既成品に一つも合致せず、普通の家庭では作らねばならない。大きな負担だ。
 うちではこの3つの袋は、完全にアウトソースした。当初は好みの生地を購入して裁縫できるばぁちゃんに頼もうとしていたが、体調を崩していたし、生地そのものが意外と高価で生地ごと製作してもあまり差がなく、指示したり端切れのことを考えたりするのも手間なのでやめた。それができ上がったということで、取りに行った。仕上がりは上々。お金でサービスを買ってよかった。
 フードコートにあるタピオカドリンクの店、かなり高価なので娘には諦めさせていたが、卒園祝いも満足にできていなかったので おやつに一つ買わせた。それはそれは喜んでくれた。喜びもお金で買えることがある。帰りはとても遅くなった。いつ、小学校通学モードに移行する?
ラベル:Haモール
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2013年03月29日

最後の保育 2,340d(6y4.9m)

20130329.jpg いつもの・・・と言うよりここ3年間の平日と同じ朝を迎え、いつもと同じ準備・・・ではなく、妻は早起きして娘の弁当やお茶、おやつの準備。それ以外は3年間繰り返してきたこと。私はこれまで基本的に寝たまま見送ってきたが、今日は起きて最後の登園姿を見送った。娘はどちらかと言うとピクニック気分のようだった。娘のいない日中、これまでと同じなのだが、ほぼ一週間一緒にいたこともあり、じっくり噛み締めた。
 十六時半、久しぶりに昼寝布団を入れる袋を持参して保育所へ。畑越しに園庭を駆け回る娘の姿を見つけた。今日は雨が降り出しそうな空で、昨日のうちに桜の写真を撮っておいてよかった。娘はマスクをしているのに、裸足のまま。実に保育園児らしい演出をしてくれたが、また体調を崩さないかと心配。あれだけ嫌がっていた昼寝だが(他の子も皆同じことを言ってる)、午前中はだるそうでよく寝たそうだ。かえって良かったのだ。
 最後の保育室は年中の。大小入り乱れて遊んでいた。子供たちと少し遊んでやったあと、最後の最後のお別れ。すでに担任たちの姿は無かったが、3年間担当してくれた時間外保育士が見送ってくれた。彼女も今月末、正確には明日の朝で退職。お互い、感慨深い。園庭にある雲梯に触らせてみると、最初は高くて足を離せなかったのに、もう背伸びだけで届くようになっていた。これまで3年間、夏休みも冬休みも無く通わせ続けたのに、それが突然プッツリ無くなるなんてとても不思議な気分だ。
 たくさん手を振って、門を閉めた。満開の桜も見送ってくれた。3年前の四月二日に登園した畑沿いの道、何も変わらないその道を帰ってきた。あの頃はしっかり手をつないで歩いていたが、今はつないだしり、追いかけっこをしたり。帰宅して、靴を着ていた衣類すべてを砂払い。うがいと手洗いをさせ、足だけはお湯で洗ってやるの、もう最後かなぁ。娘の機嫌と体調見るためだったが。
 娘は今夜も食欲が今ひとつ。完全復活はまだまだ。いろいろいっぺんに終わった、いっぺんに要らなくなった。
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2013年03月28日

友達の一言 2,339d(6y4.8m)

20130328.jpg 3晩連続で風呂に入れる状態ではなかったので、寝かせる前に股だけ洗ってやった。頭とか体とかは・・・まったく臭わない。汗をかくほど暑くないということもあろうが、まだまだ悪性の菌にはとりつかれていないということか。髪の毛もベタついていない。ところで、そのとき裸になったので体重を量ったら・・・なんと19kgを切っていた。20kgを超えるのも時間の問題だったのに、一気に1kg近くも減っていたのだ。特に食欲が無いようではないのだが、寝てしまって食事が抜けたり、何より回復に相当のエネルギーを使っているのだろう。今のところ病名不明だが、今までで一番ダメージが大きいようだ。
 朝になるとすっかり体温は下がったが、体力がまだまだといった感じ。保育所・・・当初の予定では給食のある今日まで通わせて最後にするはずだったが、不本意ながら欠席。これで、給食は卒園式の日の、発熱直前のカレーが最後。娘を迎えに行ったのは・・・最後だと覚悟せずにいた先週金曜日になってしまった。卒園式といい最後の保育といい、最後の最後でグダグダになってしまってとても残念な気持ちになった。
 娘と二人の自宅も3日目、ついにシルバニアファミリーの大きな家を出してきた。小さい頃に一度出していたが、あまり遊ばなかったので押入れにしまいこんでいたのだ。娘の15歳上の子から引き継いだとても古いものだが、よく遊ぶ。私の目に見えるのがやっとのような小さなものでも扱えるようになっていたのだ。逆に私のほうが、落としたものを誤って掃除機で吸い込んではしまわないかと心配になってしまう。部屋が狭く、置き場所に困る。
 天気予報はあまり良くなかったのだが、昼すぎになると青空が見えはじめたので、娘の体力回復を兼ねて散歩に連れ出した。目的地はもちろん、保育所の桜。期待どおりの青空をバックに、完璧な満開となっているソメイヨシノの一本桜と娘を撮ることができた。4回目の見頃、こんなに完璧な時期にゆっくり眺められたのは初めてだ。合同保育なので園児は年長クラスも含めて午睡の時間だったが、年度末で借り出された時間外保育士がちょうど出勤してきて、夕方にもう一度来なよと言われていた。
 卒園式のあとに楽しみにしていたレストラン、当日は行けなかったし、その後もとても行ける状態で無かったので、こちらもリハビリの一貫ということでレストランへプチ卒園祝いでおやつを食べに行ってみた。メニューも自由に選ばせたら、季節のイチゴの大きなパフェ。もちろん(初めて)ぜんぶ食べていいよと言って。しかし、食欲の娘ともあろう者が、半分近くは食べられなかった。これで本調子には程遠いことが判明。夕食も最初は要らないと言っていたが、薬を飲ませるためにちょっと無理に少し食べさせたぐらいだ。
 帰宅後、娘の体力が残っていたし、「来てね」と言われたことを覚えていて再び保育所へ散歩。懐かしい年長の保育室で、年中とともに数人が残っていた。そこに違和感なく溶けこむ娘。今日来れただけでも、あのまま終わらず済んだと安堵した。そしたら仲良しのHちゃんに「明日も来なよ」と声を掛けられた娘、これまで金曜日は行かないときっぱり言っていたのに、その言葉に心が揺らいだようだ。3日間来れなかったこと、娘自身も少し気にしていたのかもしれない。これだけで明日、登園することが決まってしまった。明日は久々に登場の午睡用の布団だけでなく、副食入り弁当と水筒、それに小さい子に合わせて2回分のおやつも必要。しかしこの娘の心意気を無にすることはできないので、妻に確認せずにOKした。
 4日ぶりの入浴、風呂嫌いの娘でも本当に気持ちよさそうだった。体重は19kg台を回復。

[体温]
00:50 37.11度
01:35 37.47度
10:25 36.85度
18:50 36.80度
ラベル:欠席
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2013年03月27日

ぎりぎりの体調 2,338d(6y4.8m)

 夜半前に飲ませたカロナールの効果で落ち着いたように見え、その少し後に「ビショビショになった」と汗をたくさんかいて目を覚ました。着替えさせ、これで快方に向かうと思ったが、その後も苦しそう。一日のうちで一番体温が低くなるはずの朝でも38度台後半に上昇し、病院に行くことに決めた。病気で通院するのは、実に5ヶ月ぶりとなった。
 医師によると、とりあえずインフルエンザではないようだが、深刻な病気は疑われないので詳しい検査はせず、抗生剤と症状を抑える薬で様子を見ることになった。処方された薬は見覚えのあるものばかりで、1年ぐらい前の飲み残しの薬と比べて一回量が格段に増えていることに娘の成長を感じた。量が増えたので、特に糖衣しても苦味がごまかせない抗生剤を飲むのはちょっと辛そうだ。
 昼前に体温はやや落ち着いたが、薬を飲んだにもかかわらず午後に入ると再び38度台後半に。今日で新しいダンス教室丸3ヶ月だが、前々回に撮られた基礎課題のビデオを見、参観できる数ヶ月に一回だけのチャンス。絶対逃せない機会なのに、娘がこのありさま。娘は、踊れなくても見るだけでも行きたいと強く希望し、以前のように歩きの多い鉄道利用でなく、ドアtoドアでクルマで移動できることもあり、いつでも退く覚悟で向かった。着いてみると、6名のうち唯一の男の子も熱で見学だった。やはり大切な機会、這ってでも参加するものなのだ。
 娘がなかなか練習しないので、内容が悪ければこの本格的な教室をさっさと辞め、ただの習い事に近い教室に移るか辞めさせると娘には伝えてあった。娘は逃げず、結論が欲しかったから這ってでも参加しようと思ったのかもしれない。小三♀1名,小二♀2名,小一♀1名♂1名,年長♀2名の6名中、娘は最年少。1ヶ月遅れて始めたダンスも初心者の今月までのクラスメイトYちゃんにも置いていかれているように見えていたのだが、実際には思ったよりできていた。振り付けを覚えきれないのはまだ直っていないが、動きは悪くない。講師に「初めてにしてはいい」と言われたけど、すでにダンス歴2年半のベテランなんですが。小四以上のテスト演技も少し見せてもらったが、なかなか本格的でカッコイイ。いずれああいう風に踊れるようになるのなら、ここで続けさせたいとまで思った。ただ、いつまで続くのかこの最年少。娘は、ビデオを見ていられないほど辛そう。熱が上がると目に来るのは小さい頃から同じ。それでも何とか、最後まで持ち堪えた。帰りは少し元気になり、近所まで隣にYちゃんを乗せて楽しく帰った。
 帰宅しても高熱は続き、昨夜と同じように十九時すぎから炬燵で寝始めた。こうなったら寝られるだけ寝かせて、起きたところで食べさせて薬を飲ませればという思いに変わった。食事はできていたのだが・・・。そして二三時すぎ、5時間ほども寝てから起きたので、食事を少なめに食べさせた。寝ている間は、安らかなときは体温が低く、苦しそうなときは高いというのを繰り返していたが、調子の良いときに起きたようだ。

[体温]
07:05 38.68度
10:05 37.08度
11:00 38.3度
13:25 38.66度
15:20 38.43度
18:35 38.54度
ラベル:'aDM 通院 欠席
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2013年03月26日

娘のいない最終日 2,337d(6y4.8m)

20130326.jpg 昨夜の娘は前日のように魘されることも無く、たくさん寝ていたので早めに起きた。体温の経過は朝低くても午後に高くなる傾向が高いので、朝の時点で37度を超えていなかったら当初の予定どおり登園させることにしていた。起き抜けの体温は37度を僅かに超えていたので、無条件で欠席を決定。ただ、その計測方法にやや問題があったのと、時間が経つにつれてさらに低くなり、娘は元気そのもの。妻は朝から仕事ででかけ、娘は部屋で自由に遊ばせた。今日は年長クラスで保育を受けられる最後の日だったし、ある子の保護者と保育室のウォールポケットを利用して大切なモノを遣り取りするので行かせなかったことを後悔した。
 今週は晴れるのが今日ぐらいということだったので、娘も元気そうだし、おやつがてら歩きでちょっと遠出をし、途中で保育所に寄れば少し目的は達せるかなぁと思い直した。しかし、おやつと言っても珍しく娘は乗って来ず、短時間なら留守番してもいいと言い出した。こういう「珍しいこと」はサインであると、昨日の今日なのに私は未だ学習できないでいた。
 保育所に寄りたかった別の目的は、ここ3年間、いやシーズンで初めて三月中に見頃を迎えたソメイヨシノを撮りに行くこと。当地では今日、ソメイヨシノの満開宣言が出たし、天気の都合で写真にいいのは今日ぐらいだから。保育所の建て替え話があり、このサクラは2回しか見られなかったはずなのに、その計画が白紙になり、さらに今年は開花がとても早まったおかげで、思いがけず4回目の見頃となったのだ。大震災にも耐えた建物だが、この古さでは早晩何らかの措置が取られるのだろうが。
 ただ、このサクラの下にあるボロボロの建屋の中にいるはずだった娘は、今日は自宅から出られないでいた。その代わり、私に気づいたクラスメイトたちがたくさん集まってくれた。なんだかやっと、私にもたくさんの子供たちができたな・・・と思ったが、すぐにこのほとんどとは二度と会えないんだなという寂しさに襲われた。子供たちはそのことを全く理解していないだろうが。そしてこの中に、もう娘の顔は無い。年長クラスでの娘は、昨日、高熱のために布団に寝かされているところが最後の姿となってしまった。今日は16名中、娘を含めて3名が欠席したそうだ。また、私が訊いたうち2名は今日が最後だと言っていた。娘を迎えに行くたび、肩車してー、逆さまにしてー、ぐるぐる回してーと言っていた子たち、そんなリクエストはもう二度と来ない。
 柵越しにしばらく話したあと、お別れ。畑越しに私の姿が見えなくなるまで見送ってくれた。年中ぐらいまで、娘を朝、保育所に置いた後のように。感激するとともに、とても寂しくなった。
 帰宅すると娘は好きな番組のビデオを見続けていたが、体温を測ってみると再び上昇に転じていた。暗くなる頃には昨日と同じく目が痛い(=熱が高い)と言い出し、「珍しく」夕食はまだ要らないと言い出した。十九時すぎからそのまま炬燵で寝続けたので起こさなかったが、このままでは体も辛いと思い、起こしてトイレを着替えを済まさせ布団へ。あれだけ寝たのに、添い寝してやるとまたすぐに寝入った。しかし今夜はまた寝苦しいらしく、何度も何度も寝床に呼ばれた。そして夜半前、体温が38.5度を超えたのでカロナールを飲ませた。カロナールは解熱鎮痛剤なので、38.5度という閾値にこだわらず、痛がったらもっと早く飲ませるべきだったと思った。その後は落ち着いた。

[体温]
06:55 37.10度
10:25 36.82度
15:15 37.65度
19:00 37.92度
21:25 37.98度
23:35 38.51度
ラベル:欠席
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2013年03月25日

肌寒く、一日中雨になった理由 2,336d(6y4.7m)

20130325.jpg 保育所なのになぜ卒「園」式なのかという疑問は残るが、とにかくその日がやってきた。私自身は何も準備せず、準備してやらずに迎えた。3年前に身長92pで入園した娘は113pに成長したけどまだ小さめで、体重は14kg→20kg、お腹は引っ込んだが脚の筋肉はますます逞しまま。でも、誰もが言うようにあっという間のこと。保育所での印象は、つい最近まで行きたくないと泣いていたようが気がするのと、とにかく給食もおやつも食べた食べた食べた・・・ということばかり。そんな卒園する姿を見て、私自身がどんな気持ちになるのか楽しみだった。基本的にとても涙もろくて困ってるのだが、娘には早く成長し、できるだけ早く自立、結婚してもらいたいと思っているほうなので、卒園式は単なる通過点にしか見えないかもしれないから。それより5年間預けた人が大多数で、私よりもずーっと感慨深いだろう。
 特に女の子の衣装は流行りのが一つあるのでどうなることかと思ったが、僅か8名では見事にまったく被っていなかった。男の子たちは8名とも半ズボン。今月はこれまで暑いぐらいの天候が続いていたのに、一転して今日は一日中肌寒く冷たい雨。その理由はあとで判った。卒園式と言ってもそれは賞状を受けるだけでなく、正装するのはその短時間で、保育所側主催でも3分構成。第二部は「リズム」と呼ばれる組体操を半袖半ズボンで、第三部は普段着に着替えて歌をたっぷり。以上が午前の部、2時間弱。
 たくさん練習しただろうが、それぞれ賞状を受ける姿は様になっていた。娘はいつも緊張したときと同じように背中が丸まってたけど、それ以外に問題もなく。「ありがとう」には「ございます」を付けて欲しかったなぁ。しかしその後がいただけない。年中クラスの子たちも同席しているのだが、ここと歌を交歓する形でこれまであったことを綴る。こういう演出をされたら担任や親は泣かざるを得ないし、子供たちの様子を見ただけでは大丈夫だった私ももらい泣きしそうになった。
 座席は卒園児16名分とその母親16名分が部ごとに並べ替えられ、父親を含むその他大勢と分けられていた。父子家庭は無かったのでこれでもいいのだが、やはり主役は子供と母親らしい。その母親に、自分たちでタマネギの皮で染めた布を手縫して作ったティシュケースを渡すという儀式があり、お礼代わりに抱きしめてやるという演出があった。これも泣かせるため? 娘はすんなり受け入れたが、少し大人な子(くっきりと早めに生まれた子に多い)は恥ずかしがって逃げ出そうとする子までいたのは面白かった。
 部屋に戻って昼食のカレーをもりもり食べるのを見届けて、私だけ帰宅。午後は保護者主催の謝恩会改メ懇談会があって、ドッジボールの親子対決、Sショー、懇談会などで親睦を深めるという構成になっているが、私は訳あって辞した。しかし最後に正装に戻っての写真ぐらいは撮りに行こうと考えを変え、準備しているときに妻からのメール。娘の体温が38度を超えたので、迎えに来て欲しいと。参加するしないではなく、強制送還となったのだ。雨が降り続いていたので、自宅から300mも離れていないがクルマで。子供たちはホールで、保護者たちは教室で談笑する中、娘は独り教室の隅に寝かされていた。そしてその後の会で渡す儀式があるもの、まとめて渡され、私は娘を抱きかかえてクルマへ。正装した娘と友達一緒の写真とか、唯一一緒に入園したYちゃんと入園のときと同じように看板の前で記念撮影とか、すべて叶わなかった。誰にも見送られず、中座して保育所を後にすることになるとは思いもしなかった。娘のいないままイベントはその後2時間以上続き、娘抜きの記念撮影もしたそうだ。
 昨夜は珍しく眠れないと何度も目を覚まし、さらに珍しいことに朝ごはんを半分しか食べられなかった。緊張してるのかなと思ってたのだが・・・原因はこっちだった。晴れ女パワーを発揮できなかった理由も実はこのためだったのだ。この冬は一度も熱が出ず、一度も吸入していなかったのに、最後の最後にこれだ。泣かせるイベントは嫌だーという私の思いが変な形で伝わってしまったのだろうか。
 楽しみにしていた久しぶりのレストランでの夕食もお預け。娘にとっても、そして卒園式は親のためだったという私にとっても何とも口惜しい一日になってしまった。後から入って馴染んでくれるのは時間がかかったが、最後は16人とも私の子供のようなもの。今日を最後に二度と会わない子はたぶん半分以上いるだろうから・・・と感慨に浸るのも、娘ではなく私のほうだ。

[体温]
14:25 38.18度
16:25 37.94度
18:00 37.54度
19:40 37.93度
21:10 37.56度
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2013年03月24日

2,335d(6y4.7m)

 休日なのに花見もせず、今日は育児分担、と言うか取り合い?押し付け合いではないな。夕食時は外に出て欲しいと言われ、娘と二人で。目をつけていたリーズナブルなラーメン屋、スープが飲めないほど塩辛かったが、娘はおいしいと。外食でラーメンを食べることはまず無い(前回が何年前か忘れた)ので、物珍しかったのかもしれない。
 その後は買い物して、時間つぶしを兼ねて遠回りドライブをして、最後はコンビニの前にクルマカフェして帰った。今日は久しぶりに肌寒かったが、明日も同様で雨も降るらしい。卒園式、娘の晴れ女パワーもついに尽きたか。いや、私が晴れ男だっただけなのか。明日判る。
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2013年03月23日

桜めぐり 2,334d(6y4.7m)

20130323.jpg 妻が独りで勉強したいと言うので、娘を連れ出して市内のサクラめぐり。ここ2、3週間の突然の暖かさで残念ながら空気の透明度がとても落ちていて、青空には恵まれないし夕方の空を賑わしているはずの彗星の姿も一度も見られていない。今日も同じような曇の一日。でも、寒くないのはいいことだ。
 まずは娘が生まれた病院へ。ここの駐車場の奥にある半端な土地が穴場で、クルマを横付けできるのに訪れる人がとても少ない中、ヨウコウやソメイヨシノをゆっくり楽しめる。行きやすい場所ではあるがそう時間を取れるわけでもなく、毎年、最盛期を逃したりしていたが・・・今年はヨウコウが完璧な満開。蕾を僅かに残しつつ、花びらは一枚も落ちていないという絶好の状態。そして曇り空にも負けない濃いピンクの大きな花弁で、今日の花見に相応しかった。私たちは花の下で宴会をするのではなく、クルマを花に向けて停めて車内でお茶するのが大好き。
 続いていつもの さくら公園へ。とその前に隣りのホタルの生息するビオトープへ行ってみたら、生まれたての小さなオタマジャクシでいっぱい! 私は東北育ちなので三月にオタマジャクシなど考えられないのだが、早くないのだろうか。もっと驚いたのは空を元気に飛び回るたくさんのイワツバメ。でも、今日もそれらに違和感を感じないほど暖かかった。春の桜で一番早いオオカンザクラはほぼ散り終わり、でもまだ強い香りを放っていた。エドヒガンは散り始めの一番美しい時。3日前に咲きはじめたソメイヨシノだが、暖かさの割に花は進まず未だ三分咲き。卒園式に満開が合うかはちょっと微妙だ。
 さっきと同じように車内でお茶しながら花見を続け、娘の希望で暗くなるのを待った。そして再び公園内へ。とても暖かな夜桜見物をできた。空を飛んでいるのはツバメからコウモリに交代していた。
 娘と話した。次に登園するのは卒園式の日で、その後も保育は受けさせるがやがて合同保育になり、すると小さい子に合わせて午睡も復活する。あと通える日は僅かなので、名残惜しいのかと思いきや、ついに最後まで保育所を好きにはなっていなかったようだ。特に、昼寝はしたくないそうだ。可能性のある水〜金曜日のうち、初日はダンスのレッスンがあるので午睡前に帰らせる予定で、金曜日は給食が無いので副食ありの弁当作りが必要で、ならば行かせないつもり。残る木曜日だけと言ったら受け入れてくれた。名残惜しいなら給食のある最後の最後の土曜日にも行かせるつもりだったが、どうやらそういう感情は娘には未だ芽生えていないようで・・・ならば卒園式を最後にしてやってもいいのかなとも思い始めた。園児が少ない割に保育士が多くなる特別保育や土曜保育の時は特別扱いされやすくて娘は好きなのだと思っていたが、そうじゃなかったようだ。
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